歯の中心部分には、歯髄腔(しずいくう)と呼ばれる空洞が存在しています。その中に分布しているのが歯の神経と血管で構成される歯髄です。
歯髄は、さまざまな原因による炎症が起こることで歯髄炎を発症します。
本記事では歯髄炎の原因や診断方法、症状に応じた治療方法などを解説します。歯がズキズキと痛む症状に悩まされている人は参考にしてみてください。
歯髄炎について
はじめに、歯髄炎の原因や症状、分類を確認しましょう。
歯髄炎の原因
歯髄炎の原因としては、主に以下の3つが挙げられます。
原因1:進行したむし歯
私たちの歯は、エナメル質という人体で最も硬い組織に覆われており、その下には少しやわらかい象牙質が分布しています。むし歯がこのエナメル質と象牙質内にとどまっているC1~C2の状態であれば、歯髄に影響が及ぶことはまずありませんが、歯の神経まで細菌に侵されたC3になると、歯髄炎を発症します。軟組織で構成された歯髄は、細菌による影響を受けやすいため、感染後に間もなくズキズキという自発痛を伴うようになります。
原因2:歯の外傷
歯に対して強い衝撃が加わると、歯髄に大きなダメージが加わって炎症反応が起こる場合があります。例えば、転倒して床に歯を強打したり、スポーツをしている時に他の選手とぶつかったりした際に、歯髄炎を発症することがあります。この時、歯髄や周囲組織ででは出血やうっ血などの循環障害が生じることもあり、重症例では歯の神経が死ぬことを意味する「歯髄の失活(しっかつ)」も起こり得ます。軽症であれば、歯髄の炎症は徐々に緩和されていくことでしょう。
原因3:侵襲的な歯科治療
実は歯科治療でも歯髄炎が起こる場合があります。それは歯に対して強い衝撃や負担がかかる侵襲的な歯科治療を行った場合です。最もわかりやすいのは、比較的進行したC2のむし歯治療で、たくさんの歯質を削るだけでなく、ドリルからの刺激が隣接している歯髄にまで伝わることから、歯髄炎を伴いやすくなっています。歯並びの治療で、極端に強い矯正力がかかった場合も歯髄炎のリスクが高まります。
歯髄炎の症状
歯髄炎の主な症状は、歯がズキズキとする自発痛です。むし歯特有ともいえる症状で、これを苦手としている人は少なくありません。その他、冷たいものや熱いもの、甘いものがしみるのも歯髄炎に見られる症状といえるでしょう。
歯髄炎の分類
歯髄炎は、可逆性歯髄炎(かぎゃくせいしずいえん)と不可逆性歯髄炎(ふかぎゃくせいしずいえん)の2つに大きく分けられます。この2つは治療法の選択から予後に至るまで、さまざまな点に違いが見られます。
・可逆性歯髄炎
可逆性歯髄炎とは、簡単にいうと元の状態に戻せる歯髄炎です。適切な処置を施すことで、完治できます。可逆性歯髄炎では、原則として細菌感染が起こっておらず、ズキズキという自発痛も生じません。冷たいものや甘いものがしみることはありますが、その症状は刺激が除去されてから1~2秒程度で消失します。そのため冷たいものがキーンとしみる象牙質知覚過敏症と混同されることが多いといえるでしょう。
・不可逆性歯髄炎
不可逆性歯髄炎とは、適切な処置を施しても元の状態には戻せない歯髄炎です。細菌感染を伴う歯髄炎であることから、抜髄を行わなければなりません。また、不可逆性歯髄炎には、安静時にも歯がズキズキと痛む自発痛を伴う点に注意が必要です。冷たいものや甘いものがしみる点は、可逆性歯髄炎と同じといえるでしょう。不可逆性歯髄炎を放置していると、神経と血管が破壊され、失活へと至ります。歯髄が失活すると歯痛も消失しますが、細菌は残り続けるため、病巣の拡大も起こります。
歯髄炎の診断方法
次に、歯髄炎の診断方法について解説します。 患者さんが訴える歯の痛みは曖昧なことが多く、痛みを感じている歯の部位が違っていたり、歯ではなく歯茎が痛んでいたりする場合があります。そのため、歯髄炎は専門家が適切な検査を実施した上で診断します。
臨床検査
・問診
患者さんから痛みの度合いや感覚、これまでの経過などを聴き取ります。問診の結果によって、検査内容も大きく変わる場合があるため、歯科医師にはできるだけ細かく、正確に伝えるようにしましょう。
・視診(ししん)
肉眼で患部を観察するのが視診です。目で見て確認するだけの検査ですが、口腔疾患に関する知識が豊富な歯科医師にとっては、それだけでもたくさんの情報が得られます。例えば、むし歯の穴の状態や歯の亀裂、摩耗などを観察しながら、診断の材料を集めていきます。
・温度診(おんどしん)
温度診とは、歯に対して冷温刺激を加えて歯髄の状態を調べる検査です。健全な歯であれば、冷温刺激に対して痛みを感じたとしても、その痛みは持続しません。歯髄炎の症状があるとキーンとしみたり、ズキズキと痛んだりする症状が持続することがあるのです。
・歯髄電気診(しずいでんきしん)
歯に対して電流を流すことで、その反応を見るのが歯髄電気診です。歯髄電気診が最も有効なのは、歯髄の生死を調べる場面です。歯髄が死んでいる場合は、通電しても何ら痛みを感じません。歯髄充血や急性歯髄炎では閾値が低下し、慢性歯髄炎では閾値が上がるという傾向が見られますが、絶対的な指標とはならないため、そうしたケースで歯髄電気診の結果を確定診断に用いることが難しいです。患歯を特定する際には役立つでしょう。
・打診(だしん)
歯髄の状態を調べる時には、打診を行うことがあります。歯科用の器具で歯を軽く叩いて歯髄の反応を調べます。歯髄が失活して、根尖性歯周炎を発症しているようなケースでは、打診痛(だしんつう)と呼ばれる強い痛みが現れる場合があります。
レントゲン検査
歯髄炎の診断には、レントゲン検査が有効です。レントゲンならむし歯がどの範囲まで広がっているかを視覚的に確認することができるからです。一般的にはデンタルと呼ばれる撮影方法で、むし歯の穴の広がりであるう窩(うか)の範囲を調べます。う窩が歯髄腔まで及んでいる場合は、不可逆性歯髄炎を発症していると考えられるでしょう。最終的には、視診や歯髄電気診の結果などを総合的に見て、確定診断を下します。
歯髄炎の治療方法
歯髄炎の治療方法は、鎮痛消炎法、根管治療、抜歯の3つに大きく分けられ、ケースによって適用が変わります。
鎮痛消炎法
鎮痛消炎法は、炎症反応と痛みを和らげる薬剤を使って、歯髄炎の症状を改善する方法です。歯髄を保存することを前提として処置を進めるため、抜髄を行うことはありません。一般的には、酸化亜鉛ユージノールセメントやグアヤコール液などを用いて、亢進した歯髄の機能を正常な状態に回復させます。鎮痛消炎法が奏功しない場合は、抜髄に切り替えることもあります。
・適用するケース
鎮痛消炎法は、可逆性歯髄炎に適用されます。歯の神経が露出しておらず、健全な象牙質が一定の厚みは残存している必要があります。具体的には、歯の外傷や侵襲的な歯科治療が原因で単純性歯髄炎を発症しているケースが該当します。
・治療の流れ
鎮痛消炎法ではまず、感染した歯質をドリルで取り除きます。次に、歯髄と近接した部分に酸化亜鉛ユージノールセメントやグアヤコール液などを作用させて、炎症反応を鎮静化させます。歯髄の機能が正常に戻ったら、通常の修復治療を実施します。
根管治療
根管治療は、抜髄や歯の根の中を清掃する処置を指します。細菌に感染した根管内をリーマーやファイルなどを使って拡大し、汚染物質を一掃します。根管内の細菌を減らすことで、腫れや痛み、膿の排出などを解消できます。
・適用するケース
根管治療は、不可逆性歯髄炎に適用されます。不可逆性歯髄炎によって歯髄が死んだ場合でも、感染源は残ることから根管治療が必要となります。
・治療の流れ
はじめに、細菌に侵された歯質を削り、抜髄を行います。続いて、歯髄が分布している根管内をさまざまな器具を使って清掃します。根管はとても細くて複雑な構造をしているため、根管内の清掃には相当の時間がかかる点に注意が必要です。根管の清掃が十分に済んだら、ガッタパーチャなどの充填剤を挿入して、根管内を緊密に充填します。根管充填が成功していることをレントゲン撮影で確認したら、土台や被せ物を装着して治療は終了です。
抜歯
患歯を物理的に抜き取る治療法です。
・適用するケース
不可逆性歯髄炎で、根管充填が奏功しない、あるいは行っても意味がないと診断されたケースでは、抜歯が適用されます。歯冠がボロボロで残根状態となっているケースに適用されやすいといえるでしょう。
・治療の流れ
強い炎症反応が起こっている場合は、ある程度、消炎させてから抜歯処置を行います。はじめに局所麻酔を施し、ヘーベルと呼ばれる器具で、歯を歯槽骨から脱臼させます。続いてペンチのような形態をした鉗子(かんし)を使って歯を抜き取ります。抜歯をした部分は、入れ歯やブリッジ、インプラントといった補綴装置で補う必要があります。
歯髄炎の応急処置
歯髄炎の症状が強く現れている場合は、次の方法で応急的に処置すると良いでしょう。
刺激が強いものを摂取しないようにする
歯髄炎の症状が強く現れている場合は、堅いものや温度の高い・低いものなどの刺激が強いものを摂取しないようにしましょう。
鎮痛剤を飲む
歯髄炎による痛みへの応急処置法としては、鎮痛剤を飲むことが最も効果的といえます。鎮痛剤は、痛みを誘発する物質の作用を遮断することで鎮痛効果を発揮するため、ほとんどのケースに有効です。普段から飲み慣れているロキソニンやバファリンなどがあれば、それを適切な方法で服用してください。
ただし、歯髄炎による痛みが極端に強かったり、患部の状態が悪かったりする場合は、鎮痛剤でも十分な効果が得られないこともありますので、その点はご注意ください。また、鎮痛剤はあくまで対症療法であり、歯髄炎の根本的な原因を取り除くことができる方法ではないため、それだけに頼るのではなく、必ず早めに歯科医院での治療を受けるようにしましょう。
まとめ
歯の神経と血管で構成される歯髄は、進行した歯やむし歯や歯の外傷、侵襲的な歯科治療によって炎症反応が起こることがあります。
歯髄炎は治療によって元の状態に戻せる可逆性歯髄炎と元には戻せない不可逆性歯髄炎の2つに分けることができ、それぞれで治療方法が変わってくるため、歯科医院で正しい診断を受けることが大切です。
すぐに歯科医院を受診することができない場合は、患部を冷やしたり、市販の鎮痛剤を飲んだりするなどして応急的に対処しましょう。いずれにしても歯髄炎は、歯に何らかの異常が起こっていることから、必ず歯科医院での診察を受ける必要があります。
参考文献