私たちの歯は、エナメル質と象牙質という硬い組織で構成されており、中心部分には歯髄(しずい)と呼ばれる神経と血管が走っています。神経は生体において重要な役割を果たしているため、それを抜くことに強い抵抗を覚える方は少なくないでしょう。それでも歯の神経というのは、いろいろなケースで抜かざるをえなくなることがあります。ここではそんな歯の神経を抜く必要があるケースや抜くメリット・デメリット、抜いた後の注意点などを詳しく解説します。
歯の神経を抜くのはどんな時?
歯の神経は、歯に対して酸素や栄養素、免疫細胞を供給している組織なので、可能であれば抜かずに残したいものです。しかし、歯の神経に対して強い圧力や刺激が加わったり、細菌に感染したりすると、炎症反応が起こって痛みが生じてしまいます。
そのまま放置していると歯の神経が死んだり、感染が広範囲に広がったりするため、抜髄(ばつずい)という歯の神経を抜く処置が必要となるのです。具体的には、後段で解説するような症状が現れた場合に、歯の神経を抜く処置が必要となりやすいです。
歯の神経を抜く必要がある4つのケース
次の4つの症状が現れた場合は、歯の神経を抜く必要性が高まります。
むし歯が進行して何もしなくても痛む場合
進行したむし歯があって、安静時にもズキズキと歯が痛む場合は、ほとんどのケースで歯の神経を抜く必要があります。
これは歯の神経が細菌に感染して、歯髄炎を引き起こしているからです。歯の神経は、細菌に感染すると自然には治らず、歯髄保存療法が適応できないケースでは、原則として抜髄が行われます。歯の神経が細菌に感染しているということは、根管も汚染されていることを意味するため、抜髄をした後は根管治療をも行わなければなりません。
冷たいものだけでなく温かいものでもしみる場合
冷たいものがキーンとしみる知覚過敏は、何らかの理由で冷刺激が歯の神経を刺激しやすくなっているだけなので、経過を見るのが一般的です。知覚過敏が頻繁に起こったり、冷たいものだけでなく、温かいものでも歯がしみる場合は、むし歯による痛みである可能性が高いため、早急に歯科を受診しましょう。むし歯で歯がしみている場合は、もうすでに歯髄が感染している可能性が高く、抜髄が必要になるかもしれません。
歯のヒビによりズキズキ痛む場合
歯の表面にヒビが入っていることでズキズキとした痛みが生じている場合も歯の神経への感染が疑われます。エナメル質にヒビが入って冷たいものがキーンとしみるだけなら知覚過敏の可能性が高いのですが、ズキズキとした自発痛が生じていることは、歯髄炎を発症しているのです。感染性の歯髄炎では歯の神経を抜く処置が必要となります。
歯茎が腫れて痛みがある場合
歯周病では、歯茎が赤く腫れて歯磨きのときに出血を伴いますが、痛みを感じることはほとんどありません。むし歯の重症化によって歯茎が腫れている場合は、早期に抜髄や根管治療を行わなければなりません。
根尖性歯周炎(こんせんせいししゅうえん)という重症化したむし歯で見られる厄介な病気を発症している可能性があるためです。重症化したむし歯では、根管の先から汚染物質が漏れ出て、根尖部に膿の塊を作ります。それが歯茎の腫れや歯茎からの排膿という症状で、口腔内に現れるのです。根尖性歯周炎は、歯の神経を抜き取り、根管内をきれいに清掃することで症状の改善が見込めます。
歯の神経を抜く2つのメリット
続いては、歯の神経を抜いた場合のメリットについて解説します。
痛みが軽くなる
歯の神経を抜く必要があるケースでは、歯が痛い、冷たいものがしみるなどの不快な症状が現れます。患者さんは、このような症状にストレスを感じて歯科を受診します。
外からの刺激を感知する歯の神経を抜き取ると、痛み自体が生じなくなるため、処置を施した直後から、歯髄炎による痛みからは解放されます。ただし、根管治療に伴う痛みには、一定期間耐える必要があります。
自分の歯を残せる
歯の神経を抜く処置は、患者さんの痛みを取り除くだけでなく、歯の保存を目的として行われます。歯の神経を抜かなければならないケースでは、自然治癒が見込めず、放置していると細菌感染が根っこの先まで広がって、抜歯をしなければなりません。
早い段階で歯の神経を抜いて、根管内をきれいに清掃すれば、歯そのものを保存できる可能性が高まります。
歯の神経を抜く3つのデメリット
歯の神経を抜くと、不快な痛みから解放され、かけがえのない天然歯を残せる可能性がたかまりますがデメリットも伴います。そのなかでも以下に挙げる3つは、すべてのケースで起こりうるトラブルといえるので、抜髄をする前に正しく理解しておく必要があります。
歯が弱くもろくなる
歯の神経と血管から構成される歯髄を抜くと、歯への栄養補給が断たれます。医学的には失活歯(しっかつし)と呼ばれ、歯が死んだ状態となることから、抜髄後は歯が弱くなるデメリットが生じます。
具体的には、歯根が折れやすくなったり、細菌によって蝕まれやすくなったりするなどします。ただし、抜髄と根管治療を適切に行い、しっかりとした土台と被せ物を装着すれば、歯が持つ機能や見た目をある程度まで回復することが可能です。治療後のケアも正しく行うことで、神経を取った歯でも使い続けられます。
歯が黒っぽく変色する
神経が死んだ歯を放置していると、歯が徐々に変色していくことがあります。失活した歯髄が分解され、歯の内側に沈着していくためです。歯の神経を取って根管治療を行えば、こうした歯の変色を防ぐことができますが、別の理由で黒っぽく変色することもあります。
例えば、根管治療後に装着した被せ物が劣化したり、天然の歯質との境目に色素が沈着したりすると、歯が黒っぽく変色したように見えることがあります。被せ物治療に銀歯を使った場合は、金属イオンが溶出して歯の根元や歯茎に黒い色素沈着を引き起こしてしまいます。
感覚が鈍る
歯髄は外からの刺激を感知したり、歯の異常を知らせるうえで重要な役割を担っています。正常な歯であれば、極端に硬い食べ物を噛もうとすると痛みでブレーキがかかります。しかし、神経が死んだ歯ではその感覚が鈍ってしまいます。失活歯は歯にダメージを負うリスクが、生活歯より高くなっている点に注意しましょう。
感覚が鈍るため、むし歯の再発にも注意しなければなりません。失活歯でむし歯が再発した場合は、痛みで自覚することは不可能です。そのため、むし歯が進行して被せ物が外れたり、根尖性歯周炎によって歯茎が腫れたりすることで、再発に気付きます。すでに2次むし歯が重症化しており、再根管治療をすることも難しくなっていることも珍しくないため、十分な注意が必要です。
歯ぎしりや食いしばりの習慣がある方は、歯冠が割れたり、歯根が破折したりするリスクが高まります。歯ぎしりや食いしばりの圧力で、もろくなった歯根が割れて、保存不可能となるケースも少なくありません。
歯の神経を抜く治療の流れと期間
ここまでは、歯の神経を抜く必要がある症例と抜いた場合のメリット・デメリットについて説明してきましたが、実際にどのような手順で処置を施すのか気になる方もいるでしょう。歯の神経は、刺激を感知する器官そのものですから、それを物理的に抜くとなると、強い痛みを伴いそうなものです。
治療前の検査とカウンセリング
歯の神経を抜く治療の前には、精密な検査とカウンセリングが必要です。歯の神経は一度抜いてしまうと、もとには戻せません。治療前の検査では、歯に電気刺激を与えて反応を見たり、レントゲン撮影を行ってむし歯の進行度などを評価します。
そのうえで、歯の神経を抜かなければ治すのが難しいと診断した場合は、抜髄と根管治療を盛り込んだ治療計画を立てます。その内容をカウンセリングで説明し、患者さんの同意が得られたら歯の神経を抜く治療を開始します。
歯の掃除と神経の除去
歯の神経を抜く治療では、むし歯菌に感染した歯質を取り除き、歯の表面をきれいに清掃します。次にクレンザーと呼ばれる専用の器具などを使って歯髄を除去します。
歯の神経を抜くには、ピンセットで引っ張ればきれいに抜き取れるようなものではなく、さまざまな器具や薬剤を使い分けながら、根管内を清掃しつつ除去していかなければなりません。
この処置には通常、数回の通院が必要となります。根管治療の期間中は、毎回の診療が終わるたびに殺菌作用のある薬剤を入れて仮封をして経過を見ていきます。根管内の歯髄やむし歯菌、汚染された根管壁などがすべてきれいに取り除けたら、根管への処置は完了です。
根管充填と土台の築造
きれいに清掃した根管内にむし歯菌が侵入しないよう、ガッタパーチャなどの材料を充填します。根管充填が適切に行われたかどうかは、レントゲン撮影をすることで確認できます。 異常がなければ、コアと呼ばれる土台を作り、歯型取りを行います。被せ物を製作して装着したら治療は終了です。
治療完了までの標準的な期間
歯の神経を抜く処置から根管充填までは、軽度で2〜3週間、重症例では2〜3ヵ月かかることも珍しくありません。
一般的に根管の数が少なく、形もシンプルな前歯の方が治療完了までにかかる期間は短いです。奥歯は根管の数が多く、複雑に入り組んでいるため、治療完了までの期間が長くなりがちです。根管充填が終わってからの土台の築造と被せ物の製作装着にかかる期間は、1〜2週間程度です。いずれも1週間に1回の頻度で通院したケースを想定しています。ちなみに、保険診療ではなく自由診療を選択すると、一切の制約がなくなるため、短期間で根管治療を完了させることが可能となります。
歯の神経を抜いた後の注意点
歯の神経を抜いた後に注意すべきことを2点解説しておきます。
神経を抜いた歯に力がかかり過ぎないようにする
神経を抜いた歯には酸素や栄養素の供給が断たれるため、歯質がもろくなります。ヒビが入ったり、歯根が折れたりしやすくなるので、神経を抜いた歯に過剰な圧力がかからないよう配慮する必要があります。
具体的には、硬い食べ物は健康な歯で噛むこと、歯ぎしりや食いしばりは早期に改善することが大切です。歯ぎしりや食いしばりを自力で改善が難しい場合は、歯科医師に相談しましょう。歯科医院では、ナイトガードと呼ばれるマウスピースを使ったスプリント療法が受けられます。歯ぎしりが起こりやすい就寝中に硬いマウスピースを装着することで、歯や歯周組織、顎関節へのダメージを軽減できます。
定期的に歯科医院で検診を受ける
神経を抜いた歯がある人は、歯科検診を定期的に受けるようにしてください。歯の神経を失う程むし歯を重症化させる方は、口腔衛生状態が悪く、むし歯リスクも健常な人より高くなっています。
歯の神経の治療を受けた後に歯科医院への通院をやめてしまうと、かなりの確率でむし歯が再発したり、治療した歯に深刻なトラブルが起こったりします。神経を取った歯の再治療となると、成功率はかなり低くなることから、歯科検診を定期的に受けて、歯のトラブルは未然に防ぐよう努力が大切です。
まとめ
今回は、歯の神経を抜く処置が必要なケースと抜くことのメリット・デメリット、抜いた後の注意点について解説しました。むし歯や外傷が原因で歯がズキズキと痛む場合は、歯の神経への感染が疑われるため、できるだけ早く歯科医院を受診するようにしてください。歯髄への感染が確認されたら、抜髄して根管治療を実施します。歯の神経を抜くことで痛みがなくなり、歯の保存も可能となりますが、その結果として歯がもろくなり、感覚が鈍ることで歯のトラブルに気付きにくくなるなど、いくつかのデメリットも伴う点に注意が必要といえます。
参考文献