根管治療とは、むし歯が進行して歯の神経まで感染した場合に行う治療です。治療では感染した歯髄(歯の内部にある神経や血管)を取り除き、内部を徹底的に洗浄して細菌を除去し、痛みや腫れなどの症状を改善します。根管治療は一般に一度では終わらず、複数回に分けて行うことがほとんどです。その間、歯に穴をあけたまま放置しないよう仮の詰め物(仮蓋)をして歯を保護します。しかし、この仮蓋はあくまで一時的なもので、食事や歯磨きなどの刺激で欠けたり外れたりすることがあります。そこで本記事では、根管治療中に使う仮蓋の役割や、仮蓋が欠けてしまった場合の対処法、そして仮蓋を外れにくくするための注意点を解説します。
根管治療の基礎知識

根管治療を行ったことがある方もいると思いますが、根管治療を行ってから時間が経っている方もいらっしゃると思います。そこで、根管治療がどのような治療かを解説します。根管治療の仮蓋の解説の前に、まずは根管治療についての基本を押さえましょう。
根管治療とは
根管治療は、歯の内部(歯髄)に炎症や感染が起きたときに行う治療です。むし歯菌が歯髄まで達すると激しい痛みや腫れを引き起こすため、感染した神経や組織を除去し、根管(歯の内部の管)をきれいに掃除・消毒します。こうして細菌を取り除くことで、痛みや腫れといった症状を抑え、歯を残すことを目指します。治療中は麻酔をして進めるので、抜髄と呼ばれる抜歯のような処置でも痛みを感じにくくなっています。
根管治療の流れ
根管治療は通常、数回の通院に分けて行われます。例えば、ある歯科医院の例では、初回の通院でまず麻酔をして歯に穴を開け、感染した神経や汚れた組織を除去して歯の内部を掃除します。その後、薬剤で根管内を洗浄・殺菌し、治療を終えた日は仮の歯(仮歯)を装着して終了します。通常、1週間程度あけて2回目の通院とし、炎症が落ち着いているか確認したうえで、根管の先端まで薬剤で隙間なく詰めて密封します。さらに必要に応じて歯の土台(コア)を立て、仮歯を装着して経過観察を行います。
最終的に細菌の再感染を防ぐために、強度のある被せ物(クラウン)を装着して治療が完了します。歯科用顕微鏡で根管壁を観察すると、形成直後にはスメア層と呼ばれる薄い膜が付いています。これは歯を削ったときに生じる削りカスで、放置すると薬剤の浸透を妨げるため、後の化学洗浄でしっかり除去する必要があります。
根管治療の治療期間
根管治療にかかる治療回数や期間は症状や歯の状態によって異なりますが、一般的には数回の通院が必要です。目安として、前歯は2~3回程度、奥歯は3~4回程度の治療で根管内の清掃・消毒が完了することが多いとされています。これに詰め物や被せ物を装着する期間を含めると、前歯では5~6回、奥歯では7~8回程度かかる場合が多く、1週間に1回通院するペースであれば約2ヶ月かかるケースもあります。根管治療は歯を残すために難易度が高い治療のため、しばらく時間がかかることを心構えしておきましょう。
根管治療における仮蓋の種類と役割

根管治療では、仮蓋という物を治療した部位に用います。本章では根管治療の際に用いられる仮蓋の種類とその役割を解説します。
仮蓋の種類
仮蓋(かりぶた)とは、治療途中の歯を一時的に保護するためにつける仮の蓋のことです。根管治療だけでなく、型取りの前後や応急処置の際にも使われます。仮蓋に使用する材料は主にレジンタイプ(歯科用プラスチック)、セメントタイプ、天然ゴムタイプの3種類があります。レジンタイプは歯科用プラスチックを混ぜ合わせて型に流し、光を当てて硬化させるものです。セメントタイプの代表例としてキャビトンなどがあり、水分で固まるためペースト状のまま歯に詰めておくだけで硬化します。天然ゴムタイプはストッピングのように熱で溶かして使い、冷めると固まります。治療内容や目的に応じて、歯科医師がこれらの仮蓋材を使い分けています。
仮蓋と仮歯の違い
仮蓋と仮歯はどちらも最終的な補てん物が入るまで歯を保護するという点では共通していますが、その役割と装着期間、形態は大きく異なります。仮蓋は根管治療で歯の内部に開けた穴を密閉し、細菌や食べ物のカスが入り込むのを防ぐための蓋です。セメントや軟らかいレジンペーストを穴に詰め込むだけなので厚みは薄いことがほとんどです。次回の通院時には簡単に外せるように作られているため、装着期間は数日から長くても 1 週間ほどが想定されます。一方の仮歯は、歯を大きく削った後に元の形態と噛み合わせ、さらに前歯なら審美性まで一時的に回復させる役割を担います。歯全体を包み込む形に作製するため、見た目も自然で硬い食べ物を軽く噛む程度なら問題なくこなせます。装着期間は最終的なクラウンやインレーが完成するまでの 1~4週間と、仮蓋よりも長い期間で、その間は食事や会話の際にも違和感が少なく過ごせる点がメリットです。このように仮蓋と仮歯は名前はとても似ていますが、見た目や使う目的などが大きく異なります。
仮蓋の役割と重要性
仮蓋の重要な役割は、治療中の歯を細菌や刺激から守ることです。根管治療では神経や血管が入った管が露出した状態になるため、その間に細菌が侵入すると感染が再発したり、治療効果が台無しになったりしてしまいます。仮蓋はこの開いた根管をしっかり密閉して細菌の侵入を防ぎ、歯を物理的な刺激からも守ってくれます。仮蓋がない状態で放置すると感染リスクが高まり、歯の再治療を余儀なくされることがあります。したがって、仮蓋は治療の成功に欠かせない大切な役割を担っているのです。
仮蓋がポロポロ取れることはある?

仮蓋は完全な被せ物ではなく粘土のような仮の詰め物なので、食事や歯磨きなどで小さなかけらがはがれ落ちることがあります。実際に、お餅やキャラメルを食べたり、歯磨きをしたりするとポロポロ欠けてくることがありますが、全部取れることはほとんどありません。ただし、欠けた部分からさらに欠けが広がる可能性もあるため、発見したら次回の受診日まで安静に過ごすなど注意が必要です。
仮蓋がポロポロ取れた場合の対処法

仮蓋がかけたり外れたりしたときには、取れた部分の大きさや状態に応じた対応が求められます。仮蓋が外れてしまうと内部がむき出しになり、再感染や痛みのリスクが高まります。以下のポイントを参考に、落ち着いて行動しましょう。
- 歯科医院にすぐ連絡する:主治医に電話し、状況を説明して予約を早めてもらいましょう
- 取れた仮蓋を保管する:欠片が大きければ清潔な容器に入れ、診察時に持参します
- 歯を刺激から守り清潔に保つ:食事は反対側の歯で咀嚼し、硬い物や粘着質の物は避け、歯磨きはやわらかいブラシで優しく行い、強いうがいは避けるようにします
この3つは基本的な対処法です。本章ではさらに、仮蓋の一部が欠けた場合と大部分・全体が取れた場合それぞれの目安と対処法を解説します。
仮蓋の一部が取れた場合
仮蓋が少しだけ欠けたり、一部が外れた場合は、慌てて緊急受診する必要はないことが多いです。欠けた箇所を避けて、残りの仮蓋が取れないよう注意しつつ、次回の予約日まで様子をみて構いません。ただし、欠けた部分からどんどん取れて大きな穴になる危険もあるため、その歯では硬いものを噛んだり、欠けた面にブラシを強く当てたりしないようにしましょう。万が一、欠け方が気になる場合や痛みが出る場合は、早めに歯科医院へ連絡して相談することをおすすめします。
仮蓋の大部分や全体が取れた場合
仮蓋が大きく欠けたり、ほとんど全体が外れてしまった場合は要注意です。仮蓋のない状態で長く放置すると、細菌が急速に侵入し歯の内部で感染が広がる恐れがあります。そのため、大部分が取れた時点でなるべく早く歯科医院を受診することが重要です。できれば次回の予約日を待たずに歯科医師に連絡し、状況を伝えて来院の予約を取りましょう。遅くとも数日中には対応してもらい、必要に応じて再度仮蓋を装着してもらうのが安全です。
取れた仮蓋はどうする?
仮蓋の破片が取れてしまった場合、そのまま捨てずに清潔な容器などに保管して歯科医院に持参しましょう。歯科医師によっては、その破片を参考にして仮蓋を再利用できる場合があります。仮蓋が外れたことを歯科医院に伝える際は、取れた部分の状態を写真に撮るか、破片を見せながら説明するとよいでしょう。歯科医院へは必ず直接連絡し、自己判断で市販の接着剤やセメントを使おうとしないようにしてください。市販品で補おうとすると、かえって歯を傷める恐れがありますので、必ず歯科医師の指示に従いましょう。
仮蓋が取れないように気をつけるべきこと

仮蓋が取れてしまうと処置が面倒ですし不安にもなります。できることなら最初から取れないように予防することが大切です。仮蓋は完全に外れなくても、少し欠けたりすり減ったりするだけで隙間ができ、そこから細菌が入り込んでしまう可能性があります。治療期間中に仮蓋を安定した状態で維持するために、次のポイントに注意しましょう。
仮蓋装着直後はしばらく飲食を避ける
仮蓋材は装着直後は十分に硬化していないものもあります。そのため、治療後少なくとも30分~数時間は飲食を控えるようにしましょう。特にセメント系の仮蓋は水分で硬化するまで時間がかかるため、なるべく安静にし、仮蓋が完全に固まるまでは食事をせずに過ごすのが安心です。
仮蓋が装着されている側では硬いものを噛まない
仮蓋がしてある歯では、できるだけ硬い食品(せんべい、堅いフランスパン、ナッツ類など)は避けてください。また、お餅・キャラメル・ガムのような粘着性の高い食べ物も仮蓋にくっついて引っ張られ、ポロッと取れてしまう原因になりがちです。仮蓋をしている期間中は、その歯では極力ものを噛まないよう意識し、食事内容にも気を配ると安心です。例えばガムではなくタブレット菓子を選ぶ、硬い野菜や肉は小さく切って反対側で噛む、といった工夫をしましょう。また、食事もスープやリゾットなど、仮蓋に負担がかからない食事メニューを取り入れることで、仮蓋が取れてしまうリスクが減ります。
歯磨きのときは歯ブラシを優しく当てる
根管治療中の歯磨きはいつも以上に慎重に行いましょう。先述のとおりやわらかい歯ブラシを使い、仮蓋の部分を優しく磨くことが大切です。ゴシゴシと力任せに磨いてしまうと、仮蓋が削れたり欠けたりする恐れがあります。狭い隙間に無理に通そうとすると仮蓋を引っかけてしまうことがあるので、歯間ブラシやフロスも力を入れすぎないよう注意が必要です。磨き残しがあると細菌繁殖のリスクも上がりますので、力を加減しつつ時間をかけて丁寧にお口の清潔を保ってください。
仮蓋を舌や手で触らないよう注意する
仮蓋が入っていると、つい舌で触ってしまいたくなるかもしれません。しかし舌や指先で仮蓋を触ったり押したりする行為は厳禁です。まだ固まりきっていない治療直後は特に外れやすい状態ですし、固まった後でも刺激を与えると緩む原因になります。気になっても触らないように意識してください。どうしても違和感が強い場合は我慢せず歯科医院に相談しましょう。仮蓋の高さが合っていないなどの場合、調整してもらえることがあります。
以上のような点に注意すれば、仮蓋が不要に取れてしまうリスクをかなり減らすことができます。少し気を付けるだけでトラブルを未然に防げますので、治療中は意識してみてください。
まとめ

仮蓋は、根管治療を安全に進めるうえで欠かせない中継ぎ役です。治療中の歯を細菌や刺激から守る大切な役目を果たしています。もし仮蓋が欠けたり外れたりした場合は、小さな欠片だけなら様子を見てもよい場合もありますが、大きく欠けたり全体が外れた場合は速やかに歯科医院へ相談しましょう。装着後すぐの飲食や硬いものを噛むこと、強い力で歯磨きすることなどを避けることで、仮蓋が外れにくくなります。これらの注意点を守り、万一仮蓋が外れてしまったときでも適切に対処すれば、根管治療を安心して続けることができます。大切な歯を守るためにも、不安な点は歯科医師に相談しながら治療を進めていきましょう。
参考文献