歯科では、口腔内トラブルの状態・種類に合わせて治療法を選択します。その中で、歯の中心部にある「歯髄」に対して行う治療が根管治療です。
今回の記事では、根管治療の概要・根管治療が必要な病態・治療の流れなどについて詳しく紹介します。
記事の後半では、根管治療で痛みが残る場合の対処法・根管治療が失敗する可能性についても解説しているので、治療後のことが気になる方も参考にしてください。
根管治療とは?
根管治療とは、歯の内部に炎症・壊死などが起こった場合に行う治療です。根管治療について知るために、まずは歯の構造をみていきましょう。
人間の歯は、歯茎から上に出ている歯冠部(しかんぶ)と、歯茎の中にある歯根部(しこんぶ)に分けられます。
歯根部は外側からセメント質・象牙質の2層になっており、象牙質で囲まれた部分が「根管」です。根管の中には神経や血管などを含む歯髄があります。
むし歯が歯冠部のエナメル質や歯根部のセメント質にとどまっているうちは痛みを感じません。しかし、象牙質まで進行すると痛みを感じることが多いでしょう。また、慢性潰瘍性歯髄炎などは痛みがなく歯髄までむし歯が進行することもあります。
むし歯が歯髄まで進行すると歯髄の炎症・壊死などが起き、この段階になると歯の表面だけを削ってもむし歯の進行は抑えられません。
そこで、感染した歯髄を除去する抜髄(ばつずい)のあとに殺菌・補綴などを行います。このように、根管の中にある歯髄にまで及ぶ治療を根管治療と呼びます。
根管治療が必要になる病態
むし歯が歯髄に達すると、細菌の広がりによってさまざまな病態が現れます。根管治療が必要となる代表的な病態は、歯髄炎・歯髄壊死・根尖性歯周炎の3つです。
歯髄炎
歯髄炎は、むし歯の細菌により歯髄が炎症を起こした状態です。歯髄炎になると、下記のような症状が現れます。
- 冷たいもの・温かいものがしみる
- 安静時に鈍痛を感じる
初期の歯髄炎は「可逆性歯髄炎」と呼ばれ、歯髄の中にある毛細血管が拡張している状態です。
この段階の歯髄炎では、適切な治療をすれば歯髄の炎症がおさまって正常な状態まで回復する可能性があります。
一方、歯髄炎が進行すると歯髄は正常な状態に回復できません。この段階を「不可逆性歯髄炎」と呼び、治療の際は抜髄が必要になります。
歯髄壊死
歯髄壊死(しずいえし)とは、歯髄炎の進行などにより歯髄の組織・細胞が壊死した状態です。なお、今回は歯髄炎による壊死について解説しますが、歯髄壊死は外傷などほかの原因により起こることがあります。
歯髄に含まれる神経・血管も機能を失うため、下記のような症状が現れます。
- しみていた歯に痛みを感じなくなった
- 歯が茶色・灰色に変色する
この段階になると痛みがなくなるため「歯科を受診しなくては」という気持ちが薄れてしまうかもしれません。
しかし、歯髄壊死が進行すると歯髄が腐敗して歯髄壊疽(しずいえそ)になるため注意が必要です。
歯髄壊疽に陥ると、口臭に加えて強い腐敗臭が現れることがあります。また、炎症が歯槽骨まで広がると、次に紹介する根尖性歯周炎の発症につながります。
根尖性歯周炎
歯茎の中には歯槽骨と呼ばれる顎の骨があり、歯は歯槽骨を土台にして生えています。この歯槽骨に埋まっている歯の先端が根尖(こんせん)です。
根尖には根尖孔と呼ばれる小さな穴があり、歯髄の神経や血管は根尖孔を通って歯槽骨へつながっています。
そのため、歯髄の炎症が進行すると、細菌は根尖孔を通して歯槽骨まで広がります。この状態が根尖性歯周炎です。
歯髄の神経が壊死して一度痛みがなくなっても、炎症が歯槽骨まで広がれば再び痛みを感じるようになります。根尖性歯周病の代表的な症状は、咀嚼時の痛み、歯茎からの膿です。
なお、根尖性歯周炎と診断された方の治療歴をみると、歯科を一度も受診しなかった方よりも根管治療後に感染が再発して根尖性歯周炎に至る方が多くみられるとされています。
こうした事態を防ぐために根管治療を受けたあとも定期的なチェックを受け、痛みや違和感を覚えたら早めに歯科を受診するよう心がけましょう。
根管治療で行われる検査
むし歯になった歯は、外からみるだけでは内部の状態までは分かりません。では、根管治療の前にはどのような診察・検査を行うのでしょうか。
多くの歯科医院では、問診に加えて感覚に関する検査・画像検査を行います。それぞれどのような検査なのか確認していきましょう。
問診
問診では、主に痛みについて患者さん自身に伺います。痛みを感じる場面・痛みの度合い・痛みは断続的なものかどうか・自発痛の有無などが主な確認項目です。
痛みについて詳しく問診することで、現在の歯の状態や感染が広がっている範囲などの予測を立てることができます。
打診・触診
打診とは、処置・診察に使用する器具(インスツルメント)で歯を叩く検査です。歯を叩いたときに感じた痛みを患者さんから聞き取ることで、痛みの種類・度合いを確認します。
叩き方による痛みの違い・痛みの有無などによって、歯根周辺の炎症が根尖部・歯肉のどちらから広がったものなのかなどを推測できます。
一方、触診は指の腹などにより根尖部周辺を歯茎の横側から圧迫する検査です。触診で痛みを感じる場合は、根尖性歯周炎が疑われます。
神経検査
神経検査は、寒冷刺激・温熱刺激・電気刺激などを加えて痛みの有無・継続時間などを確認する検査です。検査の際は、冷却したスポンジ・温水・電気歯髄診断器などを用います。
このように複数の神経検査を組み合わせることで、高い確率で歯髄炎・歯髄壊死の有無を推測できます。
画像診断
画像診断は、X線検査・CTなどにより歯の状態を確認する検査です。画像検査では、歯の中でむし歯がどれくらい広がっているか・歯根の数と形状・根尖性病変の有無などが分かります。
必要な検査が受けると、治療の範囲や治療方法などが決まります。この時点で、治療方法の選択肢、おおよその治療期間、料金などをしっかりと確認しましょう。
根管治療の流れ
検査の結果、根管治療が必要となった場合はどのように治療を進めていくのでしょうか。
ここからは一般的な根管治療の流れについて紹介します。
なお、治療にかかる期間・治療方法などは、治療開始時の状態・歯科医院の設備・担当する歯科医師などにより異なる可能性があります。
むし歯・神経を取り除く
最初に行うのが、細菌に感染した部分を取り除く作業です。むし歯により開いた穴の周囲を、感染が起きていない部分だけが残るように削っていきます。
歯冠部のエナメル質・象牙質を削っていくと、歯髄がみえるようになります。ここで歯髄にも感染が確認された場合には、抜髄が必要です。
「抜髄」という文字には、草の根のように神経を引き抜くイメージがあるかもしれません。しかし、実際には細い器具で歯髄を掻きだしていく細かい作業になります。
根管の拡大
歯根部の感染は、歯髄だけでなく歯根周辺の象牙質にまで広がっている場合もあります。そのため、必要に応じて根管周辺の象牙質も削っていきます。
細菌に感染した組織を可能な限り除去することは再発防止につながるため、感染組織の除去は非常に重要な作業です。
抜髄・根管拡大の際には、感染を起こしている歯髄が根管の中に残らないように注意が必要です。そのため、近年では実体顕微鏡(マイクロスコープ)を使用する歯科医院もあります。
実体顕微鏡を用いると肉眼よりも視野が明るく、対象物を拡大してみることができるので、精度向上・治療時間短縮が期待できるでしょう。
根管の清掃・薬剤による根管内の洗浄
象牙質を削ったあとは、切削された細かい破片が層状になって根管内に付着している状態になります。
このスミヤー層には細菌が含まれ、また殺菌後の封鎖を阻害する可能性があるため除去が必要です。
スミヤー層の除去には、酸などを含む薬剤を使用します。薬剤による清掃・清浄が完了したら、さらに新たな細菌を防ぐための消毒薬を詰めます。
仮蓋をする
根管治療は歯の表面のみを削って充填するむし歯治療と異なり、治療の完了までに数回の通院が必要です。そのため、消毒をしたあとは次回の処置まで根管に細菌が侵入しないように、消毒薬が入った状態で仮蓋をします。
仮蓋には歯科用セメントなど、ある程度強度のある素材を使用します。そのため、治療期間中でも食事・歯磨きなどが可能です。
ただし、仮蓋の素材は最終的に装着するクラウン(被せ物)よりも強度が劣る場合があります。
仮蓋が途中で取れてしまうと消毒からやり直しになるため、食事の際は固いものや粘着性のあるものなどを避け、歯の清掃は仮蓋に負担をかけないよう気を付けて行いましょう。
歯の状態にもよりますが、清掃・消毒・仮蓋という過程を何度か繰り返し、根管の中が完全にきれいになったことが確認された段階で次の根管充填に移ります。
根管充填
根管充填は、抜髄して空洞になった根管にガッタパーチャというゴムのような素材を充填する処置です。
ガッタパーチャは常温では固形の素材なので、根尖・根管の側枝には十分に入り込めない場合があるため、根管充填ではガッタパーチャと併せて流動性のあるシーラーという材料を使用して細かい隙間もしっかりと埋めていきます。
充填の隙間は新たな細菌の温床となり得るので、再発を防ぐためには隙間なく根管充填をすることが非常に重要です。
被せ物を付ける
根管充填のあとは、残った歯を土台にして金属やレジンなどでクラウンの支台を作ります。この支台の上にセラミックやレジンなどで作ったクラウンを装着して治療は完了です。
根管充填と同様に、支台・クラウンの隙間も再発リスクにつながるため、クラウンの製作や接着時も隙間ができないよう注意します。
治療後に痛みがある場合の対処法
根管治療を行った後に、痛み・腫れが生じることがあります。これは治療の過程で機材・薬剤が神経に触れたり、治療により細菌のバランスが変化したりするためです。
特に、咀嚼時・冷たいものを飲食したときには痛みを感じやすく、また何もしていなくても痛いという方もいます。
こうした痛みの多くは、1週間以内に軽減していきますが、痛みが気になる場合は鎮痛剤の内服も選択肢の1つです。
市販薬でも効果は期待できますが、治療後に歯科医院で鎮痛剤が処方される場合もあります。内服を希望する方は、担当の歯科医師に処方が可能か確認してみましょう。
また、痛みが出ているあいだは必要に応じて、冷たいもの・固いものを避けるなど食事内容を工夫すると、摂食時の苦痛軽減に効果的です。
ただし、痛みが耐えられないほど強い場合や1週間たっても症状が全く改善しない場合などは治療を受けた歯科医院に相談することをおすすめします。
根管治療は失敗することもある?
記事の前半でも「一度根管治療を受けた歯が根尖性歯周炎になることがある」とお伝えしました。このように、根管治療を行っても症状が再発することがあります。
症状が再燃した場合には、ここまで紹介してきた非外科的根管治療を再度行うか、症状が改善しなければ歯根端切除・抜歯といった外科的処置が必要です。
根管治療の成功率は治療前の歯の状態に左右されます。たとえば、歯髄炎・歯髄壊死の状態では治療の成功率が90%を超えます。
しかし、すでに根尖性歯周炎などの根尖病変がある歯では成功率が80%台です。さらに根尖病変がある再根管治療に至っては成功率が60%台まで低下します。
ただし、これらはスウェーデンで行われた研究であり、成功率についても専門の医師の指導の下で行われた治療の経過を追ったものです。
日本では、根管治療全体の成功率(一定期間再発がみられなかった方の割合)は50%にとどまり、現状では成功率の高い治療とはいい切れません。
この成功率の差には、治療前の歯の状態だけでなく、ラバーダムの使用による無菌的治療を行っているかどうかなども関わっていると考えられます。
根管治療の際は、患部が唾液などに触れて新たな感染を起こさないようラバーダムを使用した防湿が推奨されます。
ラバーダム防湿とは、シート状のラバーで治療する歯を囲い、唾液の侵入を防ぐことです。これにより無菌に近い状態での処置が可能となり、再感染のリスクが下がります。
ラバーダムの使用により根管治療の成功率が上がることは論文でも知られており、欧米での使用率は90%以上です。
一方、日本でラバーダムを使用している歯科医師の割合は下記のとおりとなっています。
- 根管治療を専門とする日本歯内療法学会の会員:25%
- それ以外の歯科医師:5%
この数字をみると、日本国内でのラバーダム使用率は非常に少ないことが分かります。
まとめ
根管治療は、むし歯が歯の中心にある歯髄まで進行した場合に行う治療です。狭い根管内での細かい作業が必要で、歯の表面にとどまったむし歯よりも治療に時間がかかります。
なお、日本では根管治療後の再発率は50%ほどといわれており、約半数の患者さんが症状の再発を経験していることになります。
このような再発を防ぐためには、歯に異常を感じたら早期に歯科を受診すること・ラバーダムの適切な使用など無菌的治療に力を入れている歯科医院を選ぶことなどがポイントです。
また、根管治療を受けた後も口腔内全体・治療部位の状態をチェックするために、定期的な歯科受診を心がけましょう。
参考文献