進行したむし歯は、感染した歯質を削ってコンポジットレジンを充填したり、詰め物や被せ物を装着したりするだけでは完治できなくなります。その際、必要となるのが根管治療や歯髄保存療法です。どちらも標準的なむし歯治療より一歩進んだ処置が必要となる治療ですが、どのような違いがあるのか気になることでしょう。ここではそんな根管治療と歯髄保存療法の違いについて詳しく解説します。
根管治療と歯髄保存療法の違い
はじめに、根管治療と歯髄保存療法の違いについてわかりやすく解説をします。
- 歯髄について教えてください。
- 歯髄とは、歯の中心部分に分布している神経、血管、リンパ管からなる組織です。私たちの身体の中心部分を走る脳髄や延髄、脊髄と同じように、生命活動を維持するうえで欠かすことのできない役割を担っています。歯髄は、歯に栄養や酸素、免疫細胞を供給しており、外傷を受けた際には痛みという感覚でその異常を知らせてくれます。むし歯になったときに歯がズキズキと痛む症状も歯髄によるSOSなのです。歯髄が生きている歯を生活歯(せいかつし)と呼び、歯髄が死んだ歯を失活歯(しっかつし)と呼んでいます。歯髄が失活すると、栄養や酸素の供給が滞ることで、歯質が脆くなり細菌にも侵されやすくなります。
- 歯髄保存療法と根管治療との違いを教えてください。
- 歯髄保存療法と根管治療との違いは、歯髄を残すか否かです。歯髄保存療法は歯髄を残すことを主な目的としていますが、根管治療は歯髄を残さない治療方法です。根管治療は、細菌に汚染された歯髄や根管壁などを一掃するためです。歯髄保存療法と根管治療とでは治療の手順にも違いがあります。詳細については後段で解説しますが、歯髄保存療法の根管の中まで処置を施すことがないため、根管治療よりも手順がシンプルです。
歯髄保存療法について
次に、歯髄保存療法の内容や種類、費用などについて詳しく解説します。
- 歯髄保存療法とはどのような治療方法ですか?
- 歯髄保存療法とは、むし歯や外傷、歯科治療によって、歯髄が口腔内に露出した、あるいは露出する恐れがある場合に適応される治療法です。露出した歯髄は、本来であれば抜髄をして根管内を清掃しますが、抜髄をしないことで歯が脆くならなかったり、歯の感覚を残せたり、歯根の成長を維持できるといったメリットが得られます。歯髄保存療法では、露髄した、あるいは露髄するリスクのある部分を専用の材料で覆って歯髄を保護します。
- むし歯の進行状況によって歯髄保存療法の内容は変わりますか?
- 歯髄保存療法は、間接覆髄法、直接覆髄法、部分断髄法、全部断髄法の4つに分けられます。これらはむし歯の進行状況によって変わります。
・間接覆髄法(かんせつふくずいほう)
間接覆髄法は、むし歯が歯髄のすぐ近くまで進行しているケースに適応される歯髄保存療法です。歯髄に近接した歯質に歯髄を保護する材料を充填します。歯髄が露髄しているわけではないので、成功しやすい歯髄保存療法です。・直接覆髄法(ちょくせつふくずいほう)
むし歯を除去する過程で偶発的に歯髄が露髄してしまった場合や外傷による露髄に適応される歯髄保存療法です。歯髄は露出しているものの細菌感染は起こっていないことから、覆髄することで抜髄を避けることが可能です。この方法では露出した歯髄に直接材料を塗布して保護します。・部分断髄法(ぶぶんだんずいほう)
部分断髄法とは、何らかの理由で感染してしまった歯髄を一部取り除く歯髄保存療法です。むし歯の治療中の偶発的な露髄や外傷による露髄で、軽度の感染が疑われるケースに適応されます。・全部断髄法(ぜんぶだんずいほう)
全部断髄法とは、歯冠部の歯髄をすべて取り除く歯髄保存療法で、歯根部の歯髄は保存できます。部分断髄法では対応できない進行した症例に適応されます。
- 歯髄保存療法の費用や治療期間を教えてください。
- 歯髄保存療法は、原則として健康保険の適用外となるため、治療にかかる費用は患者さんの全額自己負担となります。具体的な費用は歯科医院の料金設定や歯の状態によって変わりますが、軽症例なら1本あたり5千円から1万円程度、重症例になると5〜8万円程度の費用がかかります。歯髄保存療法の治療期間は2〜4週間程度です。
- 歯髄保存療法に使うMTAセメントとはどのようなものですか?
- MTA(Mineral Trioxide Aggregate)セメントとは、ケイ酸三カルシウムやケイ酸二カルシウムを主成分とする歯科用のセメントで、強いアルカリ性であるため、むし歯菌を殺す力が強く歯髄を保護する材料に適しています。水分によって固まる性質を備えており、湿度の高い口腔内でも問題なく使用できます。MTAセメントは、歯髄保存療法だけでなく根管治療の仕上げで行う根管充填でも使用されています。
歯髄保存療法の成功率を高めるポイント
歯髄保存療法を成功させるうえで重要となるポイントを解説します。
- 歯髄保存療法の診断において大切なことは何ですか?
- 歯髄保存療法の適応かどうかを正確に診断するためには、歯科用CT、歯髄電気診断機器、温度診、痛みの既往などが重要となります。
◎歯科用CT
患歯を歯科用CTで撮影することで、露髄の有無やむし歯の深さ、広がりなどを正確に評価できます。◎歯髄電気診断機器
歯髄電気診断機器とは、歯に微弱の電流を流すことで、歯髄の生死を調べることができる装置です。歯髄電気診(しずいでんきしん)で歯髄の反応が認められなければ、歯髄保存療法は適応外となります。◎温度診(おんどしん)
歯に温度刺激を与えて、歯髄の反応を調べる検査です。◎痛みの既往など
歯科医院を受診するまでに、どのような症状があったのかを調べることも歯髄保存療法の診断においては重要となります。例えば、歯科医院を受診する前にズキズキとした歯痛が生じている場合は、歯髄への感染が進んでいることが考えられるため、歯髄保存療法の適応が難しくなります。むし歯や外傷による影響で、冷たいものがたまにしみる程度なら、歯髄が露出している可能性も低く、歯髄保存療法を視野に入れた治療計画を立てることができます。
- より精密に歯髄保存療法を行うための設備について教えてください。
- 歯髄保存療法には、一般的なむし歯治療よりも精密な処置が求められます。そのうえで重要となるのがマイクロスコープ、ラバーダム防湿、超音波器具といった機器、器材です。
◎マイクロスコープ
治療中の視野を肉眼の数十倍まで拡大できる歯科用顕微鏡です。歯髄保存療法では、極めて繊細な処置が求められることから、マイクロスコープによる拡大視野での治療が成功率を高めることにつながります。◎ラバーダム防湿
治療する歯以外をゴム製のシートで覆う方法がラバーダム防湿です。歯髄保存療法を行っているなかで、患者さんの唾液が1滴でも患部に入り込むと治療の精度が低下してしまいます。ラバーダム防湿を行うことで、患部が汚染されるリスクを低下させたり、器具の誤飲を防ぐことができます。◎超音波器具
露髄するおそれがあるケースでは、低速回転のモーターを使ったドリルで歯質を削ったり、超音波器具で効率良く汚れを落とすことができます。
編集部まとめ
今回は、根管治療と歯髄保存療法の違いや成功率を高めるポイントなどを解説しました。根管治療は、歯の神経を抜いて根管内をきれいに清掃する治療ですが、歯髄保存療法は歯の神経を残すために行う治療です。歯髄の有無は、歯の健康や寿命を左右する重要な組織であり、可能な限り残しておきたいものです。歯髄保存療法を受けたい方は、治療経験が豊富な歯科医院に相談してみるとよいでしょう。
参考文献